昨日の自分は、本当に今の自分の連続体か?
そして、明日の自分は、今の自分の連続体だろうか?
昨日の自分は、今の自分の記憶の中の産物と、周囲の環境から「あった」と定義しているにすぎない。
なぜ、明日を心配する? 将来を考える?
明日の自分が今の自分の連続体だと、どうやって証明する?
不完全な現代科学でも、昨日の自分と今日の自分は同一ではないことが証明されている。自分という個体はこの瞬間も物質的に破壊と再構築が繰り返され、常に変化している。ゆえに、明日の自分の肉体も今の自分と生物化学的、分子生物学的に違うはずだ。
では、心・魂の拠り所である脳神経ネットワークはどうだ?
大脳系では外部刺激により新たなネットワークが形成され、電子パルスの通過経路は変化している。
体も脳も、物質的に構造的に常に更新されているのである。揺らぎ続ける自分というシステムの中で、自意識だけが記憶という名の下に奇跡的に連続性を認識(錯覚)しているだけなのだ。

自意識の一生は、自分という個体が誕生から死滅するまでの何十年にもおよぶ歳月ではなく、朝起きてから眠るまでの1日かも知れない。
いや、1日どころか今この瞬間だけ、刹那の存在かも知れない。
たった10分前でさえ、自意識が連続していたか確証はないし、そもそも過去の自分に興味はない。

漫画「亜人」で不死人最強の佐藤さんがセキュリティ厳重なビルに侵入する際、自ら肉体を粉微塵にすることで、切り離した体の一部から別個体の自分が再生されることに何の躊躇もしなかった。自己の消滅さえものともしないこの行為に畏怖と衝撃を受けたが、別の場所で再構築された佐藤さんが放った「(前の自分の消滅について)気にしないよ」という一言に妙に納得していた。今の自分は過去の自分がどうであったかなど、興味ないのである。


1日が終わり。今日はもう疲れた。明日の自分に、明日の事は任そうとして眠りに就く。
明日は明日の自意識が生まれ、今日の(刹那の)自意識は布団の中で安らぎと共に消えていく。
自分という個体の中で「今日の自意識」から「明日の自意識」へとバトンタッチを願っている。 

なぜ眠るのか? 今でも根源的に解明されていない謎だ。
しかし、今なら言える。自意識は長期間、現実に耐えられるようにはできていない。
リセットしないと混乱、発狂、崩壊してしまう儚いものなのだ。

この思想はある意味、破滅的でもある。
明日など今の自意識と全く関係ない、という考えに深く陥ってしまうと
自暴自棄になり、欲望のままに散財、自殺。または、無差別殺人へと突き進むかも知れない。

しかし、明日の自分へ、自分という個体をより良い状態で託そうと、今日の自分は努力しよう!
人生は何十年にも及ぶ、辛く孤独で長いマラソンではなく、
今日の1日を精一杯走り、明日の自分へバトンタッチしていくリレーなのだ。
今の自意識は、今日だけの存在だから今を悔いなく生きよう!
と前向きにも考えられるのではないか